プロ無職、そして美術家として。今までの全てを抱えてアート業界のあり方を捉え直す 山口 塁
プロ無職、アーティスト 山口 塁
2021年より始動した「FUTURE GATEWAY」は、KDDI総合研究所がこれまで培ってきた先端技術を生かしながら、新しいライフスタイルを実践する人々と共に、これからのスタンダードをつくっていくための共創イニシアチブです。当シリーズ[MY PERSPECTIVE]では、あらゆる分野で未来をつくる活動をしているFUTURE GATEWAYに集うメンバーと一緒に理想の未来について考えていきたいと思います。
今回登場するのは、t'runnerの山口 塁。6年間特定の職種を規定しない「プロ無職」としてさまざまな活動を行いながら、2019年には美術家としての活動をスタートさせました。今回は「プロ無職」や「美術家」という顔を持つ彼が今考えていることと、アート業界においてこれからチャレンジしたいことについて、“自分らしくあれる場所”として定期的に訪れるという根津神社(東京・文京区)にてインタビューしました。
言葉で表現できないことを表現するために
1991年 石川県生まれ。2016年から「プロ無職」を名乗り活動。ブレイクダンサー、詩人、YouTuber、美術家とジャンルを横断しながら表現を行う。クラウドファンディングを起点に《スマホ1台旅(2017)》や《The 100 Interviews(2018)》などのプロジェクトを立ち上げ、主催するオンラインサロンには250名が在籍するなど、ソーシャル時代を象徴する生き方のさきがけとなった。2019年より”Rui Yamaguchi”名義で現代美術の分野での作品制作を開始。メディアテクノロジーとコンセプチュアルな手法を駆使してプラットフォームに介入し、人の主体性の揺らぎを可視化する実践を行う。
- FG:
「プロ無職るってぃ」として活動されていた山口さんですが、現在は「美術家 Rui Yamaguchi」としても活動されていますよね。
- 山口:
2016年に「プロ無職」を始めてから、面白い人に会いまくり、それを言葉にして発信することを全速力でやっていました。でも、その一方で言語化の限界やつまらなさを感じていたんです。インターネットで言葉を発信していると、どうしてもキャッチーな部分だけが断片的に切り取られて広まってしまうんですよね。
- FG:
「書く」から「描く」へと変化していったきっかけは、どのようなものでしたか?
- 山口:
単純に、言語化できない部分を大切にしたい、言葉に頼らない表現方法を増やしたいと思い始めたんです。そこから、美術へと気持ちが向いていきました。最初はなんにもわからなくて、とりあえず油絵セットを買うところからスタートしました(笑)。でも、やっていくうちに美術館やギャラリーへ足を運んだり、美術史を勉強し始めたりと、のめりこんでいったんです。もともと全然知らない領域だったからこそ、興味だけはすごくあったんですよね。
「美術家 Rui Yamaguchi」としてやっと見つけた本当にやりたいこと
- FG:
活動の変化にともなって、生活スタイルはどのように変わりましたか?
- 山口:
2019年に美術活動を始めてから、なんだか東京がうるさく感じるようになりました。それで地元の金沢に帰ることにしたんです。そのタイミングでコロナが流行り始めちゃって。それまで人と会うことが仕事だったのに、ステイホームで絵を描く日々に一転しました。そのうちに誰にも会いたくなくなってきてしまったんです。うちに籠っていくような感じでしたね。今は、東京と金沢の二拠点で生活しています。東京では美術の学校に通って、美術理論や歴史を勉強したりプロの美術家に作品を批評していただいたりと、学びながら本格的に美術家としての活動を進めています。
- FG:
環境もそうですが、心境の変化も大きかったのでしょうか?
- 山口:
コミュニケーションや、アウトプットの仕方は変わったと思います。実は最近、今までずっと書いていたブログの約900記事を非公開にしたんです。見返していると自分の言葉が嫌になっちゃって(笑)。でも、ちゃんと読むと表現が拙いだけで、言いたいことは今もあんまり変わっていないなとも思って。今は過去の自分の言葉と向き合いながら、その900記事すべてを再編集して公開していく途方もない企画をやっています。
- FG:
美術家としての活動もマインドに大きく影響しているのではないでしょうか。
- 山口:
美術を始めてから現在に至るまでで、考えは大きく変わりました。仏教や禅、神秘主義など言葉を超えるものに興味を持った時期もあったのですが、最近は全部諦めて、かなり俗っぽくなってます。現在はロジックの上に成り立つ現代アートに主軸を置いています。自分が絵画を描くというよりも、考えることが作品になるというか。自己表現的なアートには興味がなくて、どうやってこの外部環境を破壊していくかをずっと考えています。
アーティストの痛みを、テクノロジーを使って解決していく
- FG:
「FUTURE GATEWAY」に参画したきっかけはどのようなものだったのですか?
- 山口:
前に僕の絵を気に入ってくださった方が「KDDI research atelier」の壁に絵を描くワークショップを教えてくださったんです。実際に行ってみたらおもしろくて。それで、自分もアーティストが抱える痛みや問題を、テクノロジーで解決していくためのワークショップ企画を持ち込みでやらせてもらいました。たとえば、作品の輸送ってすごく大変なんですよ。自分で梱包するのも大変だし、運送会社も美術品の輸送は受け付けていないというところが多いんです。あと、売り上げに直結するのに、値付けにも明確な基準がなかったりします。他にも、とにかく事務作業が多すぎて、制作に集中できなくなってしまう現状があります。餅は餅屋なので、もしテクノロジーによってその部分をカバーできれば、アーティストとしてはすごく嬉しいと思ったんです。ワークショップでは、アーティスト目線でしかわからない問題をいくつか挙げ、解決策に関して参加者からフィードバックをいただき、議論するということを行いました。そうやっていろんなアイディアをテクノロジーで実現させていきたいなと思い、メンバーとしても「FUTURE GATEWAY」に参画することになったんです。
- FG:
実際に美術家として活動してから、見えてくるような問題もあったのですか?
- 山口:
始めてから思ったのは、良くも悪くも、他のビジネスと変わりないということです。どういうアーティストになりたいかで、作品の売り方や戦略も変わってきます。岡本太郎さんのようにブランドを育てて自分の美術館を作る方もいれば、村上隆さんのようにたくさん市場に出していくことで、コレクターを増やしていく戦略もある。一方で、たくさん描いたら描いたで市場価値が落ちることもあるので、ただ売れればいいわけでもない。そこが難しくも面白いと思っています。でもやっぱり、制作以外で考えることが多すぎるのは問題ですし、はたしてそこまで考えきれる美術家がどれくらいいるんだろう、とも思います。
- FG:
「FUTURE GATEWAY」での活動で、アーティストの可能性が最大限に発揮されるような、テクノロジーとのコラボができたらいいですよね。最後に山口さんの、2022年の目標を教えてください。
- 山口:
今年はぶちかましていきたいですね。なんか馬鹿みたいな回答ですけど(笑)。プロ無職としてやってきた20代での文脈をすべて抱えて、美術界に突撃していきたいです。勘違いされてもいいからどんどん進んでいきたい。それもあって今回「FUTURE GATEWAY」に参画したんです。プロ無職でずっとやってきたアウトサイダー的な立ち位置を利用して、業界を俯瞰しながら侵入し、掻き乱し、あるいはうまく順応しながら、KDDIでも色々一緒に作れたらいいなと思います。あとはやっぱり、純粋に美術表現が楽しくて。やっとやりたいことが見つかった気分なんです。なので、自分が納得できる作品を作ったり、今までの自分を集結して、30代では世界に出ていけたらと思っています。