建築と不動産の両面から土地や物件を捉え、それらの有効活用を図りたい 若林拓哉
建築家 若林拓哉
「FUTURE GATEWAY」は、先進的なライフスタイルを実践する人々を中心に、多様なパートナーとこれからのスタンダードをつくる共創イニシアチブです。当シリーズ[MY PERSPECTIVE]では、FUTURE GATEWAYに関わる人々の価値観に迫り、共に理想の未来について考えていきたいと思います。
今回登場するのは、建築設計に留まらず企画・不動産・運営の視点から総合的にプロデュースし、「なぜ建てるのか? 何を建てるのか? それは本当に必要なのか?」という建築の社会的価値を追求しているt'runnerの若林拓哉。土地や物件を生かすため建築と不動産の両方の側面からアプローチし、建築に関わる幅広い活動をしています。その具体的な取り組みと活動に至った経緯や想い、今後の目標などについて聞きました。
資金、土地、設計、建築、不動産管理までをトータルプロデュース
- FG:
若林さんの先進的な活動や事業について教えていただけますか?
- 若林:
私たちの会社「株式会社ウミネコアーキ」は、一級建築士事務所であり、建築設計をメインの業務として行っています。しかし、私たちの仕事は単に図面を描き、工事を監理するだけではありません。プロジェクトの初期段階から、計画やコンサルティングを手掛けています。また、設計した建物にどのようなテナントが入るか、賃貸物件としてどのような人が住むかといった不動産に関する話や、建物の最終的な運営方法についても検討します。
このようにトータルでプロデュースすることが、私たちの特長の一つです。これは、一般的な建築事務所ではあまり行わない、先進的な活動だと考えています。例えば、今、私が取り組んでいる横浜市港北区篠原町のプロジェクトでは、もともと郵便局だった建物をリノベーションしています。ここでは、企画からブランディング、設計、不動産に関すること、運営までを自社事業として手掛けています。これは自社のプロジェクトであり、自分たちで資金を調達し、建物をマスターリース*し、設計から実現に至るまでの全過程を管理しています。これが、私たちの事業の一例です。とてもエキサイティングな仕事です。
*:建物を一括して賃貸し、その賃借人が実際の賃借人にさらに転貸する方法
若林拓哉(わかばやし・たくや)/建築家/株式会社ウミネコアーキ代表取締役/つばめ舎建築設計パートナー/一般社団法人musubi理事/一般社団法人 横浜竹林研究所 理事/千葉工業大学・関東学院大学非常勤講師。1991年神奈川県横浜市生まれ。2016年芝浦工業大学大学院修了。同年よりフリーランスとして活動開始。2022年株式会社ウミネコアーキ設立。建築設計にとどまらず企画・不動産・運営の視点から総合的にプロデュースし、「なぜ建てるのか?何を建てるのか?それは本当に必要なのか?」といった建築の社会的価値を再考する。主なプロジェクトに、地域のための食の拠点「新横浜食料品センター」(2025年竣工予定、SDレビュー2022入選)、旧郵便局を改修した地域の文化複合拠点「ARUNŌ –Yokohama Shinohara-」(2022年)、主著に『わたしのコミュニティスペースのつくりかた』(2023年、ユウブックス)等。主な受賞歴にナリワイ型賃貸集合住宅「欅の音terrace」(2018年、つばめ舎建築設計と協同)が「グッドデザイン賞2019」ベスト100等。
郵便局のリノベーションのコンセプトは「未知への窓口」
- FG:
もともと郵便局だった建物をリノベーションして新たな事業の拠点にするというのは、どのようなコンセプトによるのでしょうか?
- 若林:
私たちは、このコンセプトを「未知への窓口」と呼んでいます。この郵便局自体は1975年に建設されたもので、当時の総理大臣である田中角栄氏が日本の列島改造を進めた時代にあたります。そのころ、高速道路や鉄道の建設と並行して、郵便網の整備が行われました。背景には各地方の地主と政府との協力関係がありました。地主が郵便局の建設のための土地を提供し、建物を建設し、その後、旧郵政省がテナントとして入居するという仕組みです。
建物自体は、日本逓信建築事務所(現、ニッテイ建築設計)によって設計されました。この建築設計事務所が、日本全国の郵便局の約半数に当たる1万局の郵便局設計を手掛けています。多くの郵便局がこの1970年代に建設されたと推測されます。そのころ建てられた建物は、現在老朽化が進んでおり、耐震化の必要性がありますが、個人の費用負担となるため、地主には渋られることが多いのです。
私たちの建物も同様の状況でしたが、駅前に新しいビルが建設されたことで、郵便局はそちらに移転し、元の建物が空き物件となりました。オーナーさんは建物を取り壊して駐車場やアパートにする案を考えていましたが、私たちはこの建物の特徴的な構造やデザインに魅力を感じ、保存する方法を模索し、オーナーさんに提案しました。それから私たちの会社が全面的に借り上げ、事業として運営することになりました。
今では、この場所を地域の中心として、地元の人々が気軽に訪れるスペースへと再生しました。私たちの会社は「Well-“doing” Company」というコンセプトを掲げており、より良く行動できる場所をつくりたいと考えています。私たちは、ここが人々に新たなチャレンジを提供し、未知の自分に出会える場所となることを願っています。この建物は「未知への窓口」としての役割を担っているのです。
改修前の「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-」の外観。いかにも“町の郵便局”といった風情だ(画像:本人提供)
- FG:
建物の大きさはどのくらいあるのでしょうか?
- 若林:
100平方メートルくらいです。そのうちの半分は住居スペースです。この地域は「第一種低層住居専用地域」に指定されていて、原則的に住宅エリア内では店舗のみの建設は許可されていません。そのため、店舗を開きたい場合は、住居と店舗が一体となった形態にしなければならず、昔のタバコ屋さんのように、店の前で商品を売りながら、奥で家族が生活をしているようなスタイルでないと営業できません。また、建物の半分、つまり最低50平方メートルを住居として確保しなければならないルールがあります。ですから、100平方メートルの建物のうち、半分を住居にして、残りの半分を店舗として使うことにしました。
- FG:
このような郵便局のリノベーションプロジェクトは、他の場所でも展開しているのですか?
- 若林:
まだ具体的な事例はないのですが、展開したいと思っています。私たちはこの建物に「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-」という名称を掲げています。ロゴマークのタグラインには市外局番と横浜篠原の名前を入れており、これはそのまま他の場所にも展開できる仕組みにしています。つまり、市外局番と地名を変えるだけで、ローカルな展開が可能です。日本全国には同じような背景を持つ地域がたくさんあるので、フランチャイズのような形で展開できればと思っています。建物内の店舗は誰でも営業することを可能にして、多様なコンテンツを取り入れようと考えています。地元に根ざした内容で、さまざまな地域で実現していければと思っています。
- FG:
未利用の郵便局をリノベーションして活用するというのは面白いアイデアですね。今回の横浜のケースを第1号として、全国に展開していきたいという意図があるわけですね?
- 若林:
その通りです。日本郵政の方たちも関心を示してくれていますが、思うようには進んでいません。私たちは自分たちの建物を核として、地域を変えていくことが可能だと考えています。特に中山間地域に注目しており、その地域のポテンシャルを活かして、新たな価値を生み出すことができればと思っています。未活用の郵便局をリノベーションすることで、地域社会に貢献するとともに、新しい活動の場を提供できると考えています。
左/改修中の内観の様子(画像:本人提供) 右/店舗のキッチンスペースにリノベーション
商店と住宅の一体型の賃貸集合住宅
- FG:
ご自身の活動のきっかけや想い、経緯などを教えてください。
- 若林:
始まりは2018年にさかのぼります。当時、私は現在もパートナーであるつばめ舎建築設計と共に、練馬で「欅の音terrace(ケヤキ ノ オト テラス)」という賃貸集合住宅のリノベーションを手掛けました。その物件は全体で13世帯分の戸数があり、一戸ごとに商店と住居が一体となっていて、37平方メートルのスペースのうち8平方メートルを店舗として利用できるというものでした。つまり、全体の約1/5が商業スペースとなります。リノベーションに当たっては、店舗と住宅の一体型の建物の構造を活かして、昔の日本の町屋のように、前で商売をして、後ろで暮らすスタイルの集合住宅にすることとしました。当時は、こうした店舗兼住宅が少なくなっていたため、実際にニーズがあるのかは不透明でした。しかし、私たちは潜在的なニーズはあると信じてリノベーションを進めました。オーナーさんも私たちの考えを理解して認めてくれました。
私たちは設計だけでなく、企画・不動産担当で協働していた「スタジオ伝伝」が主体となって、不動産の宣伝も工夫しました。全13戸の空き部屋に対して、どのような商売ができるかというビジョンを提示し、さらに各部屋の住人のペルソナを設定して、その部屋でどのような暮らしができるかを描いたのです。また、入居者同士が仲良くできるようなコミュニティづくりを推進しました。オーナーさんは入居者に日常的な管理を自主的に行ってもらいたいと考えていました。これはオーナーさんが高齢となって、自分たちでの管理が難しくなっても大丈夫な仕組みにするためです。
私たちは入居者のサポートも積極的に行い、コンセプトを実現するためには、建築設計だけでなく、運営の面も重視する必要があることを学びました。建築のプロセスはただ提案するのではなく、その想いを形にするためには地に足のついた実務が必要だということをこのプロジェクトを通じて実感しました。
- FG:
現在、「欅の音terrace」はどうなっているのですか?
- 若林:
今は5年目に入っており、入居者の入れ替わりはありますが、空きが出るとすぐに埋まる人気の物件になっています。テナントのほうも、カレー屋さん、雑貨屋さん、洋服屋さん、カフェなどのさまざまな店舗が入っています。入居者の多くは本業を持ちつつ、週末などに趣味や副業として自分の店を開けるという形で運営しています。また、家庭を持つ人の中には、例えば、夫が本業で外に出て働き、妻が家で商いをしている方もいます。
- FG:
住んでいる方々が商いをしながら生活するスタイルなのですね?
- 若林:
住むことを前提にしていて、社宅に使いたいとか、店舗だけ使いたいという申し込みもあったのですが、そうした話はすべてお断りしました。
地主の立場から土地の使い方を考える
- FG:
今後の目標や取り組みたいことがあれば教えてください。
- 若林:
郵便局を再活用した「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-」は、私の地元で実家もすぐ近くにあります。実家はもともと地主の家系で農業を営んでいました。この地域にはほかにも多くの地主が暮らしていますが、ある日、突然に相続の都合で山が丸ごと売られ、ほとんどがハウスメーカーの新興住宅地になりました。日本の相続制度により、農地改革以降、地主は3代で終わると言われています。しかし、地主の立場を考えれば、単に土地を売ったり、貸したりするだけではなく、その土地をどう使えば地域が発展するのかを考える必要があると思います。
私は、建築と不動産の両方の側面から土地を捉えることができます。そうした立場を生かして、土地や建物の有効な活用法を考えていきたいと考えています。
- FG:
建築家であると共に、地主の家系であることを生かして、具体的に取り組んでいることはありますか?
- 若林:
現在、地元で2つのプロジェクトを進めています。1つは祖父の時代に建てた新横浜食料品センターのアップデート、もう1つは収益物件として手掛けている新築の集合住宅です。これらのプロジェクトでは、建築的な観点だけでなく、地主の立場から土地や資産をどのように活用するのかについても考えています。相続税の問題なども含め、リアルな話を含めて取り組まなければならないと感じています。
- FG:
現在の課題や、課題解決のための取り組みについて教えてください。
- 若林:
私たちの仕事には、建築の知識だけでなく、経営や経済に関する視点も大切になります。銀行からの融資などについても考慮しなければならないからです。
また、将来的な目標やビジョンを持つことも必要だと考えています。そのためには、ただ現状を延長して考えるのではなく、より大きな視野で現行の社会システムや経済システムを認識しなければなりません。世界的な視点や異なる分野の視点を取り入れながら、包括的に物事を捉えることが重要だと思っています。
例えば、それぞれの土地や物件がどうあるべきか、どのような可能性があるのかについてのビジョンを持ち、その実現に向けて行動することが大切です。
- FG:
異業種の方とのコラボレーションも行っているのですか?
- 若林:
はい。例えば、不動産のコンサルタントと協働しています。また、グラフィックデザインやランドスケープデザインなどクリエイティブな分野の方々からの協力もあります。もっと広い視点で、歴史学者や経済学者、文化人類学者とのコラボレーションも有意義だと考えています。自分の射程を広げるためには、さらに多くの異なる分野との連携が重要だと思っています。
- FG:
FUTURE GATEWAYへの期待やご意見をお聞かせください。
- 若林:
FUTURE GATEWAYとコラボレートする価値があるかどうかを、見極めることが重要だと考えています。FUTURE GATEWAYと私たちとの間にどのような接点があり、具体的にどう関われるかを考えなければなりません。ただ、現時点では、FUTURE GATEWAYにはコラボレーションするための短期的な瞬発力が欠けているように感じます。それは、弱点とも言えますが、FUTURE GATEWAYにとって未知の部分であることから、今後に期待しています。