人と人とのつながりから新しい共創関係を生み出す 藤田恭兵
株式会社On-Co共同創業者 藤田恭兵
KDDI research atelierが2021年に始動した「FUTURE GATEWAY」。これまで培ってきた技術を活用しながら、新たなライフスタイルを実践する人々を中心に、多様なパートナーとこれからのスタンダードをつくっていくための共創イニシアチブです。この連載では、そんなFUTURE GATEWAYに関わる人々の価値観に迫り、一緒に未来を考えていきたいと思います。
今回登場するのは、不動産流通の新しい形を目指す「さかさま不動産」やアップサイクル事業「上回転研究所(うえかいてんけんきゅうじょ)」で注目を集める株式会社On-Co(オンコ)の共同創業者を務める藤田恭兵さん。誰もが生きやすい社会を目指して、シェアハウスやアップサイクル、地域の共創環境づくりなどの幅広い活動をされています。藤田さんの活動に込められた想いや今後の意気込みについてお話を伺いました。
シェアハウスから生まれた新しい不動産事業
- FG:
藤田さんが最も注力されている活動とご自身が携わっている事業の関係について教えていただけますか?
- 藤田:
株式会社On-Coで一番注目を浴びているのは、さかさま不動産という事業です。不動産情報を載せない不動産マッチングサイトとして、空き家の課題解決に取り組んでいます。
僕は、20代前半のころにインターンシッププログラムの開発のようなことを事業としてやりたいと思っていました。仲間3人と事業についてのミーティングを頻繁にしていたんです。しかし、メンバーが岐阜市や名古屋市の郊外に住んでいたので、みんなで集まるのが大変でした。そこで、一緒に住んで共同生活を送りながら仕事ができないかと思い、古民家を借りてシェアハウスをつくることにしました。立地が良く、部屋が広くて便利な場所は、どうしても家賃が高くなってしまいます。いいところがないかと思いながら街を歩いていると、どう見ても空いていそうな物件がたくさんあったんです。名古屋駅のすぐ近くにもそうした空き家が結構ありました。こうした家はどうすれば借りられるんだろうと、当時、シェアハウスを運営していた人と、仲間3人で古民家を探しに行きました。道を歩いていた高齢者の方に、「こんにちは、我々は怪しい者ではありません」とあいさつしながら、「こういうことやりたいんです」と話をすると、「よくわからないが、あなたたちはいい人そうだから家を貸してやろう」ということになりました。その古民家を借りてシェアハウスを始めた経験がさかさま不動産につながっていきます。自己紹介をして、やりたい思いをきちんと伝えれば、応援して物件を貸してもらえることを知りました。通常の不動産事業ですと、大家さんはお金をもらって貸す、借主さんはお金を払って借りる、というサプライとデマンドの関係になります。そうではなくて、一緒にその地域を良くしていく共創関係や、物件を大事に残していく関係性を新しく築けると思ったのです。
さかさま不動産に関心を持って訪ねてくる方は、普通に暮らしたい人というよりも、事業者の方が多くいらっしゃいます。カフェをやりたいとか、アート活動をしたいとか、そういう方が多くて、気づいたら周りに起業家やクリエイターの方がどんどん増えてきました。そうした方々が大家さんとつながって街に入っていくと、知らず知らずのうちにその街が盛り上がっていくようなことが起きて、テレビや新聞に取り上げられることも増えていきました。これを紐解いてみると、最初に大家さんと借主さんの関係性があって、それが地域の人に広がり、行政に広がり、街が盛り上がって新しい共創関係が生まれていったのではないかと思っています。そういった物件を中心とした関係性が街に広がっていく姿を目の当たりにした時に、自分のやりたいことを相手に伝えて関係性を築き、仲間として課題に取り組み、理想に向かっていくということは、不動産に限らず地域や会社などでも必要ということに気づきました。そのため、行政の仕事や街の実証実験でもこのことを重要視しています。
- FG:
さかさま不動産は、藤田さんたちの広くて安くて立地のいい物件を借りたいという欲求に応じて始めたものが事業化していったんですね。 それが周りの人に広がって、今、大きな事業になりつつある。
- 藤田:
まさにそんな感じです。本当に奇跡の連続でした。
- FG:
シェアハウスを事業として始めようとしたのが、さかさま不動産という形に転換したのでしょうか?
- 藤田:
古民家を借りた時、事業をやろうとはあまり考えていませんでした。古民家には、ミュージシャンが来て、近所の人が肉を持って来てくれて、今日は宴だとなり、みんなで肉を食べて音楽を楽しんで、次の日の昼ごろに起きる、といった生活をしばらくしていました。近所の方々とは、旅行土産を交換したり、台風の時は近所の屋根を直しに行ったりもして、良い関係性を築いていましたね。そんなふうに楽しく暮らしていたら、地域の人から「うちの物件も使ってよ」とか、「うちの物件も何とかできないの」といった相談を受けるようになりました。その一方で、僕のところに物件を借りて何か面白いことをやりたいという人たちも訪ねてきました。物件を貸したい人と借りたい人の双方の思いをつなげることができないかなというところから始めたのが、さかさま不動産です。
藤田 恭兵(ふじた・きょうへい)/1992年生、愛知県出身。23歳で空き家を改装しシェアハウスを立ちあげ、半径1.5キロ圏内で8軒の空き家を運営し、名古屋駅付近で村づくりを行う。27歳で地域共創環境づくり、建築リノベーション、企業PR支援を行う株式会社On-Coを設立。28歳でさかさま不動産を立ち上げ、現在全国15拠点で進行中。日本パブリックリレーションズ協会主催のPRアワードグランプリ「グランプリ」、環境省主催のグッドライフアワード「環境大臣賞」、国土交通省主催のまちづくりアワード「特別賞」、日本経済新聞社主催の日経ソーシャルビジネスコンテスト「優秀賞」、イノベーションネットアワード2023「優秀賞」などを受賞。30歳で廃棄石膏ボードを活用した「resecco」を素材アーティストと共同開発。素材開発事業を立ち上げて、新素材の開発、プロダクト制作を行いながら、ワークショップなども開催し、サステナブルなまちづくりも行う。
廃棄石膏ボードを利活用してアップサイクル
- FG:
上回転研究所ではアップサイクルに取り組まれているそうですが、どのような活動ですか?
- 藤田:
上回転研究所では、ゴミ箱がなくなる社会を目指して廃棄物を利活用したモノづくりやワークショップ展示やトークイベントなどを行っています。具体的には、コーヒーのかす、石膏ボード、バナナの皮、その他の廃棄物にいろいろと手を加えて、新たな素材につくり替えています。当社では建築業務も行っており、その中で廃棄石膏ボードがたくさん出るのですが、それを何とかできないかと思っていました。そこで廃棄石膏ボードを煮たり、焼いたり、砕いたりと、あの手この手を尽くしてなんとか形になってきたのですが、なかなか製品化まで進めることはできませんでした。当社で管理しているマンションの部屋を無料で貸していた若手アーティストに相談したところ、できあがったのが「resecco*¹(リセッコ)」という素材になります。「resecco」をSNSにあげたときに想像以上に多くの方から反響をいただき、会社として廃棄物の課題に取り組んでいこうということで、上回転研究所が立ち上がりました。
*1:自由成形、自由配色が可能な石膏ベースのサステナブル素材
- FG:
実にさまざまな活動をされていますが、そうした活動に至ったご自身の想いについて教えてください。
- 藤田:
まず、さかさま不動産の話になります。僕には、こういう未来や社会ができたらいいなと思っていたことが一つあります。
先ほどお話したように、僕たちは、大家さんと直接コミュニケーションを取ることができていたからいい関係ができて物件をいいようにお借りすることができていたんだと思っています。そんな中で僕らは家賃を大家さんに手渡しで払っていました。ある日、大家さんに家賃を持っていくと、「ありがとう。ちょっと待ってね」と言って、家賃以上の商品券をいただいたんです。僕らはすぐに理解することができず、「これはもらえません。いただく理由がありません」という話をしたら、「君たちがここにきてくれたおかげで、物件もすごく良くなっているし、この地域もみんなが明るくなった。それがすごくうれしい。だから、これは感謝の気持ちとして受け取ってほしい」とおっしゃっていただきました。大家さんとこんなに親しい関係になれたことが、僕たちはすごくうれしくて、こういう関係が広がってほしいと思いました。そう考えた時に、単にお金をやりとりしてサービスを受ける形ではなく、双方にとって好ましい関係をつくることが、より良い社会につながっていくのではないかと思ったんです。実際、さかさま不動産としても、従来の不動産流通の形を逆にすることで、大家さんと借主さんの新しい関係性ができ、地域に事業や文化が生まれています。空き家を介した関係性をきっかけに、人やまちが元気になっていくといいなと思っています。
- FG:
藤田さんが実際に体験されたことが、さかさま不動産の事業内容につながっているのですね。 それ以外にも、自身の活動に至った想いがあればお聞かせください。
- 藤田:
上回転研究所でのアップサイクル事業は、若手素材アーティストの友人が廃棄石膏ボードを「resecco」という新素材にしてくれたのが発端です。「resecco」が出来た時、彼は天才だなと思いました。ただ、天才であるが故に社会を少し窮屈に感じている部分もあるんじゃないかと感じました。そんな中で、能力が高いが故に思想的にもマイノリティになってしまい、社会を窮屈に感じている人がたくさんいるんじゃないかと思いました。僕自身は天才ではないのですが、今の社会に生きづらさを感じる一人のような気がします。社会に生きづらさを感じる天才たちは日常の中ではなかなか社会になじむ機会がないように思いますが、社会課題を解決するという共通目標を持って多くの人と手を取り合うことができれば、違いを認め合い、苦手なことを補完しあって協力し合い、みんなが生きやすい社会ができるんじゃないか。そのためには共創環境が大事なんじゃないか。そんなことを思いながら、老朽化したマンションをコミュニティの力で盛り上げる「ソイソースマンション*²」や、まだない未来をつくる場所「madanasaso(マダナサソウ)*³」といった空間づくりやその他の事業を行っています。
*2:株式会社On-Coが運営する住人同士が「醤油が借りられる関係性」を目指すマンションのブランド名
*3:株式会社On-Coが運営する世の中にまだ「ない」ものを生み出す拠点
- FG:
ビジネスライクな付き合いではなく、人と人のつながりを大切にした共創の場づくりをされているんですね。
- 藤田:
ソイソースマンションやmadanasasoは多くの人が集まれる場所なので、この中で居候や来訪者の数が増えたり、活動が広がることはあります。僕も若い時はそうでしたが、誰もが何かを表現したいともがいているので、モノづくりだけでなく、「同じ釜の飯を食う」的に、農家さんからいただいた米を炊いて、誰かが寸胴鍋でカレーをつくって、なるべく一緒にごはんを食べられる環境を、と努力はしています。
- FG:
地域活性という点でも非常に面白い取り組みだと思います。 こうした活動が他の地域にも広がっていくとよいですね。
- 藤田:
今、名古屋市と実施している「Poc up スクールNAGOYA*⁴」について、他の地域の方からご相談いただいているので、広げていけたらいいなと思います。
やりたいことがあってやる気にもあふれている起業家やクリエイター気質の人がたくさんいますが、その中にはなかなか今の社会にフィットできていない人もいるので、そういう人たちが活躍できるような環境を全国でつくっていけたらと考えています。*4:地域がよりよくなることを目的に、クリエイター、事業者、企業、まちの人を
巻き込みながら社会実験を進める約4ヶ月間の実践学習型まちづくりプログラム
誰もが生きやすい社会を目指して
- FG:
さかさま不動産、上回転研究所、地域共創環境の三つの活動について、いろいろなお話を伺いました。 今後の目標や展望などについて教えてください。
- 藤田:
今後の目標の話ですが、会社が6期目でまだ安定していないので、経済的にも社会的にもしっかり安定させていきたいと思っています。私たちの会社はどちらかというと、みんながおのおのやりたいことをやるといったスタイルなので、事業が整理されず、乱立してしまうという課題があります。
しかしその一方、自分たちのやりたいことにコミットできるので自分らしい生き方やキャリア形成につながり、それがアイデンティティや生きる意味にもつながると考えています。そんな中で、自分らしい人生を見つけながら社会にも価値を提供して行く。そんな人が会社から生まれて行くといいなと思っています。社内だけはなくて、社外でもそうした環境は必要と考えています。何がやりたいかわからない、何が評価されるかわからない、うまく行くかどうかわからない、ひいては生きる意味や存在価値がわからない、うまく社会になじめないという人が一人でも多く自分の能力や価値を発揮して、社会で肯定されていくような環境をつくっていきたいと思っています。
その答えの一つとして、さかさま不動産や上回転研究所、madanasasoがあるのだと思いますし、地域に共創環境をつくることで多くの天才たちの居場所が生まれるんじゃないかと思っています。でもおそらく手段はそれだけではない、もっと違う角度からの取り組みも必要だと感じているので、これまで以上に実験したり勉強したりしていきたいと考えています。
- FG:
活動されている中でみえてきた課題はありますか?
- 藤田:
気軽に個人が発信できるようになって数年たちますが、デジタルコンテンツが整っているだけで評価される傾向が強くなっている気がします。しかし実際に会ってみると、スキルや能力が足りず、リアルで機能できずに消えて行く「デジタルワーカー*⁵」が存在します。そんな環境の中で起きているのが「デジタル上の肩書きバブル*⁶」だと感じます。その肩書きバブルに乗じたデジタルワーカーは、リアル環境に出てくるとハレーションを起こすこともわかってきました。期待値と実態値から起きるわだかまりを対立や相反として収めるのではなく、第三案としての協調、協力、そして共創へと向かうことができれば、社会全体がいい方向に進むんじゃないかと考えています。
*5:リアルで機能することには重きを置かず、デジタル上だけで機能することに長けている人
*6:デジタル上での肩書きの証明はリアルよりも簡易な場合が多いため、デジタル上の肩書きがインフレ化していること
- FG:
最後に、FUTURE GATEWAYに期待することを教えていただけますか?
- 藤田:
現代社会にフィットしていない天才は僕の周りにもたくさんいるので、そういう人たちをFUTURE GATEWAY に接続して新しい共創と肯定がどんどん生まれたらうれしいです。