都市依存から脱却して自立した自由なくらしを手に入れる 菅原理之
株式会社SUNDAY FUNDAY代表取締役、株式会社らふる取締役 菅原理之
当シリーズ「MY PERSPECTIVE」ではFUTURE GATEWAY に集う先進生活者「t'runner(ランナー)」に自身の価値観や目指す未来について聞きました。
今回登場するのは、DIYの可動式サウナ「サウナトラック」を使ってサウナの体験拡張に取り組んでいる菅原理之。温浴施設をオフグリッド*¹に展開することで生み出されるコミュニケーションやローカルへの価値づくりを試行しています。自身の活動への想いや今後の目標を語ってもらいました。
*1: 電力会社がつくる送電網(グリッド)に接続せず電力を自給自足している状態や、電気や水道といったインフラに依存しない生活様式。
車両式サウナの「可動」の可能性を追求
- FG:
菅原さんが手がけている活動について教えてください。
- 菅原:
現在、株式会社SUNDAY FUNDAYの代表取締役を務めています。ここではアウトドアサウナを世の中に広める活動を事業の1つとして行っています。アウトドアサウナの中で比較的知られているのはテント状のサウナだと思いますが、その中でも僕たちは車両式のサウナというものに取り組んでいます。
おそらく日本で初と思われる、軽トラックをDIYしたサウナを「サウナトラック」という名前で運営しています。その延長線上で、観光バスを改造した「SAAMO(サーモ)」をFUTURE GATEWAYのプロジェクトである「Hoppin’Sauna」のメンバーたちとともに展開しました。これまでサウナは基本的に銭湯などの場所に限定されていましたが、僕たちはいろいろなところに持ち運べる「可動」の可能性を追求しています。サウナをさまざまな場所へ持ち運ぶことにより、日本でまだ掘り起こされていないアウトドアのシチュエーションや地方の良さを見つめ直す機会の1つになると考え、車両式サウナに注目してさまざまなプロダクトをつくっています。
世の中の“普通”は本当に普通?
- FG:
車両式サウナをつくるに至った経緯や想いについてお話しいただけますか?
- 菅原:
最初に「面白い」と思ったのがきっかけです。「普通は動かないもの」といった世の中の“普通”と言われることに対して、その逆のことをしてみたらどうなるんだろうという気持ちが以前からありました。そうした中、「自分の部屋を持ち歩こう」という発想で、軽トラックを自分の部屋にして移動している方たちがいるのを知りました。それじゃあサウナ室を持ち歩いてもいいよね、という話が仲間内で始まり、軽トラックサウナをつくることになりました。そしていざサウナを移動させるとなったとき、考えなければならないものがインフラでした。ちょうどその頃、オフグリッドというスタイルを知りました。オフグリッドを取り入れれば、「サウナトラック」に付帯した水のタンクからシャワーを浴びることができたり、大きなポータブル電源を積むことで電源がないところでも活動ができたりします。ただ単にサウナを持ち歩くだけではなく、オフグリッドというスタイルを知ることで新たな扉が開きました。
僕自身、「普通でいたくない」という想いがあるわけではないのですが、「世の中で言われている“普通”は本当に普通なの?」という疑問はありました。そして、ただ考えているだけじゃなくて実際に試してみることがとても大事だという思いから、活動に至りました。
菅原理之(すがはら・ただゆき)/1981年生まれ。東京都出身。株式会社SUNDAY FUNDAY代表取締役、株式会社らふる取締役。フィンランドサウナアンバサダー。2002年、学生時に誰もが映像発信できる社会をつくることを目指しNPO法人コミュニティTVで起業。その後、ITコンサルを経て、外資系広告代理店へ。デジタル領域を中心とした広告制作と新規事業立ち上げを担当したのち、2019年に独立し、昭和8年創業の老舗銭湯・小杉湯の経営に参画。2020年、「人生のアソビを増やす」をミッションとした会社、株式会社SUNDAY FUNDAYを創業。
“本場”フィンランドでサウナを体験して
- FG:
どのようなきっかけで活動することになったのでしょうか。
- 菅原:
もともとサウナ自体に特に強い関心があったわけではなかったんです。その僕がアウトドアのサウナに関わり始めたのは、10 年ほど前、新婚旅行でオーロラを見るためフィンランドに行った時でした。
旅行中にフィンランドの湖畔のサウナに入る機会がありました。フィンランドは、国土に占める湖や森の面積の割合がすごく大きくて、フィンランドの人たちの自然との共生やサウナの楽しみ方の自由度が、日本と比べて進んでいると感じました。日本も自然はたくさんあると思いますが、活用されていない自然もたくさんあるように感じ、もっと自然を体験できる方法があってもいいんじゃないかと。そうした思いから、サウナを移動させるという自然と融合した体験をつくることが、日本においてとても価値があると考え、軽トラックサウナをつくるに至りました。
どちらがいいとかという話ではないと思いますが、日本は都市型のサウナ、施設型のサウナが主流で、フィンランドはそれらの施設が湖に併設していたり、海に面していたりしていて、自然がすぐそばにあります。サウナ文化という観点で言うと、フィンランドは冬が長くまた白夜もあるので、人々は短い夏をどうやって楽しむかに長けていて、ユニークなお祭りが多くあります。そういった人生を楽しむ姿勢、遊び心から「サウナを動かしてもいいよね」という発想が生まれるのではと感じました。フィンランドでもビジネスとして車両式サウナをサービス提供している人たちの数は多くはありませんが、さまざまな車両式サウナを趣味でつくっている人たちがとても多くいます。
- FG:
菅原さんご自身の体験が今回の車両式サウナに集約されているということですね。
- 菅原:
そうですね。しかし、活動に至るまでは一本道ではなかったと思います。僕は在学中に会社をつくったので大学を中退しているのですが、大学では人間環境学部に在籍していました。いわゆる環境学はどちらかと言うと理系の分野ですが、人間環境学部は、環境学に文系の社会学が合わさって、人がどう動くと環境に対してどういう影響があるかといったことに取り組む学部でした。在学中は完全には理解できていなかった部分もありましたが、社会人になって実際に環境に関わると、大学で勉強していたことが活かされるな、とか、もっと勉強しておけばよかったな、とか思ったりしますね。
画像:本人提供
目標はDIYのサウナが集まるイベントの開催
- FG:
車両式サウナを展開する中で、今後の目標や取り組みたいことがあれば教えてください。
- 菅原:
1つは、湖畔にDIYのサウナが集まるフィンランドの「Sauna-ajot(サウナアヤット)」と同じようなものを日本でもできたら、と思っています。「Sauna-ajot」は、船を改造したサウナなどDIYのサウナが集まる、フィンランドの人たちのサウナに懸ける情熱や人生を楽しむユーモアが感じられるお祭りです。日本でも車両式サウナの将来性を感じていろいろな方がさまざまなサウナをつくっているので、一同に集うことができれば、車両式サウナの可能性やオフグリッドの取り組みの可能性を広げることができるかと思っています。もう1つは、薪割りの体験を通して、日本の森林の環境について考えるメディアの立ち上げを含め、何かできるといいねという話をしています。アウトドアサウナでたくさん使う薪ですが、実は薪自体がどういうものかよく分かっていないところがあるんですよね。また、薪を割るという行為はとても「動的な瞑想」で、同じ動作を繰り返すことで身体を動かしながらも精神統一できることが分かってきたんです。今、仲間内では、「薪割りメディテーション」のようなものをつくって事業化できたら面白いね、と話しています。
最近、身体的な体験を伴うものが大幅に減ってきていると思います。オンラインミーティングやバーチャル空間の利用が増えてきました。もちろんバーチャルが持つ可能性はすごくあると思いますが、僕はどちらかというと、手触りや身体を動かすことで身体に染み付くということの可能性を見つめ直してもいいんじゃないかなと思っています。
- FG:
ご自身の活動の中で課題と感じることや課題解決のための取り組みがあれば教えてください。
- 菅原:
サウナは一般的に「公衆浴場」に分類されます。戦後に規定された公衆浴場法を基にした条例が日本各地にあるのですが、「アウトドアサウナ」に関してはまだ対応していないところがあります。
FUTURE GATEWAYの他の取り組みでも同じような課題があると思うのですが、先進的な取り組みを始めるときに、法律や条例側が追いついていないということがあるように思います。
- FG:
今の公衆浴場法や各地の条例はどういうところがアウトドアサウナに対応していないのですか?
- 菅原:
条例自体をどう捉えるか、また保健所の担当の方の理解の度合いも関係してくるのですが、条例に書かれていることをそのまま読むと、銭湯のような建物そのものをつくらなければ基本的にアウトドアサウナはできないと解釈できるような内容になっています。保健所の方に、単純にサウナを載せている車両が法律的に大丈夫なのか、といった話をされることもあります。現在、条例と現実との乖離をどうしていくか検討段階にあるのですが、このような課題があるからこそ、車両式サウナもテント状のサウナも先進的な取り組みだと考えています。現実にはすでに物があるのに、法律側との“目線”がまだまだ合っていないんですよね。
僕たちは、法律や条例が適合しきっていない取り組みについて、安全性と衛生面をどうやって担保できるかを考えて事例をつくり、それらを保健所に提示、提供することによって法律や条例側もアップデートされれば、アウトドアサウナや車両式サウナが一般化していけるのではないかと思っています。
「SAAMO」で新たなコラボレーションを創出する
- FG:
最後にFUTURE GATEWAYへの期待があれば教えていただけますか。
- 菅原:
FUTURE GATEWAYへの期待は2つあります。1つは、事業者や個人が法律と現状の違いを埋めていくのは難しい部分があるので、FUTURE GATEWAYの活動を通じて、またFUTURE GATEWAYという活動体が、世間や国に対して上手に働きかけられるのではという期待があります。もう1つは、僕たちはこの「SAAMO」を、FUTURE GATEWAYで活動しているt'runnerの方々と共有する1つのプラットフォームと捉えています。一例ですが、昨今の畳の需要減少に伴い、イグサの消費量が減ったことから、僕たちはイグサの国内有数の産地である熊本県八代市の職人がつくった畳を「SAAMO」に提供してもらい「SAAMO」利用者に体験していただいています。このように、t'runnerの方のプロジェクトもこのプラットフォームを介してコラボレーションできれば、「SAAMO」を利用する方々もさまざまなプロジェクトを体験できて、そこからさらなるつながりが生まれるのではないかという期待をしています。