



「らしく生きる」を選びやすくする仕組みを作る LGBTQ+メディア「パレットーク」編集長・合田文
LGBTQ+メディア「パレットーク」編集長・合田文
KDDI総合研究所が2021年に立ち上げた「FUTURE GATEWAY」。KDDI research atelierがこれまで培ってきた技術を生かしながら、新しいライフスタイルを実践する人々とともに、これからのスタンダードを作っていくための共創イニシアチブです。この連載では、あらゆる分野で未来をつくる活動をしている方々をお招き、一緒に未来を考えていきたいと思います。
今回登場していただくのは、LGBTQ+などの多様性の普及に取り組むメディア「パレットーク」を運営する合田文さん。ここ数年でダイバーシティに関する議論がようやく増えてきた印象はありますが、合田さんが見ている2030年の景色とは、どのようなものなのでしょうか。
対話のきっかけを作っていくメディア

合田文:漫画でわかるLGBTQ+メディア「パレットーク」編集長。新卒でIT企業に入社しゲーム事業部に所属。その後HR業界を経て「人の性のあり方・多様性への考え方を変える」事業部を設立。事業責任者を務めた後起業し、株式会社TIEWA代表取締役CEOに。
自分にしかできないことで世界に変化を
- FG:
まずはあやさんの現在について教えていただけますか?
- 合田:
株式会社TIEWAの代表を務めています。事業は二つあって、一つ目が「パレットーク」という漫画メディア。ジェンダーやセクシャリティなど、存在しているのに今まで可視化されてこなかった多様性について伝えています。もう一つがゲイの男性とバイセクシャルの男性に向けたマッチングアプリ「AMBIRD」を運営しています。
- FG:
それらの事業の背景にはどのような思いがあるのでしょうか。
- 合田:
今の日本は、自分のあり方を考えなくても生きてしまえる社会だと思うんです。いわゆる「普通」という大きな波に、知らないうちに乗っかっている人が多い。でも自分と向き合ってみると、その「普通」に当てはまらなくてモヤモヤすることもある。そんな時にどうすればいいのかわからないんですよね。たとえば、SOGIE(性的指向・性自認・性表現)は本来誰もが持っているものです。にもかかわらず、ジェンダーにおいても「普通」という川が一本流れているだけ。でも、SNSが発達してきて、その「普通」に対して違和感を持っている人が他にもいるとわかるようになりました。「#MeToo」運動もそうですが、自分のストーリーを語ることで連帯し合う流れが生まれてきましたよね。その流れを汲んでの「パレットーク」です。私たちが発信している漫画のストーリーに乗っかって、「私もこういう経験をした」とか「ちょっと違うけど、これもあてはまるよね」というような対話をしてほしい。「パレットーク」は対話の一番はじめのきっかけになるメディアでありたいと思っています。
- FG:
「対話のきっかけになるメディア」っていいですね。
- 合田:
たとえば、フェミニズムは「女性だけの問題だ」って思われがちなんですが、本当は自分たち全員の話であるということをストーリーを持って伝えていきたいと思っています。アカデミックな話をするのは難しいけれど、自分の話であればみんなできる。“個人的な問題をみんなの議題にしていく”というのがパレットークの根底にあります。

- FG:
マッチングアプリはどのような思いで始めたのですか?
- 合田:
ゲイのプロデューサーと相談するうちに、当事者たちがなかなか真剣な出会いの機会を持ちにくい現状に気づきました。もっと安全に、一晩の相手ではなく、趣味や価値観などの中身を重視した出会いの選択肢を提供できるようにしたかったんです。未成年と大人が出会ってしまったり、性暴力などの犯罪に繋がるような出会いも、同性同士だからということで軽視されてきた部分も多かったし、外見重視な出会いの文化も根強かった。そういう状況でも自分らしさをもっと大切にできるアプリをつくりたいというプロデューサーの思いが込められています。
- FG:
今までなかった場所を作っているような感覚ですね。
- 合田:
そうですね。自分たちの会社のビジョンとして「らしく生きるをもっと選びやすく」を掲げています。「らしく生きるを選ぶ」のではなくて「らしく生きるを選びやすくするシステム」を作るのが自分たちのミッションだと思っています。
- FG:
そういった課題はジェンダーやセクシュアリティのことに関わらずいたるところに存在しますよね。
- 合田:
そうなんです。弊社のメンバーに発達障がいの子がいるんです。発達障がいの特性って治療するようなものではなくて、一生付き合っていくものですよね。でも、現状はその「らしさ」が肯定されにくい社会だと思うんです。どうしてもメモをとれないとか、お金の計算が苦手とか。その子もこれまでどうにか治そうと思っていたらしいんですけど、うちに来てから「できないことをやる」のをやめました。それよりも、自分のできることを伸ばしていく。その過程の中で苦手なことがあれば、できる方法を考えて工夫してみる。たとえば、話を聞きながらメモをとるのが苦手なら、話した後にメモの時間をとればいい。とにかく、思考を停止しないで、社会の当たり前を疑うことが必要なんだと思います。
- FG:
どうしてこんなにも「普通」という無自覚な偏見がたくさん存在しているのでしょう?
- 合田:
考えないほうが物事が早く進むからですよね。資本主義のなかで、なるべく多くの人が効率的に暮らせるようにと考えると、その多数派に当てはまらない少数派はしょうがないって思われていたんだと思います。それは歴史としての事実ではあるんですが、テクノロジーの発達とともに状況は変わり始めました。最初にも言ったように、何かに違和感を持った際に仲間を見つけることができたり、自分が発信者になることもできる。SNSのおかげで個人の声が見えるようになり、問題が可視化されて気がつけるようになりました。抑圧されてきた声が集まると力になりますよね。連帯して社会を変えていく力。そうやって、さまざまな活動が増えてきたのはとてもいいことだと思います。
必要なのは社会の仕組みを変えること

- FG:
社会を変えていくという点では、政治や教育との連動も欠かせないですね。
- 合田:
学校教育はすごく大事なポイントだと思いますね。最近は性教育が注目されてきていますが、自分だけの特徴や考え方を肯定することを教えていく必要があります。自分で自分の体を軽視しない。どういう自分であれ、それは素晴らしくて大切にされるべきだという考えを養うことが必要だと思うんです。そういうところから、多様性への理解や肯定感が積み上がってくる。その一歩目に性教育があるんだと思います。
- FG:
だけど、現行の教育の過程は情報が一方通行で、そもそも自分について知るきっかけがありませんよね。
- 合田:
教育の過程で自分と向き合う訓練をしていないし、知識もない。そうすると、自分が持つ違いを認めないほうが楽だと思ってしまう。前提知識があった上で選択できることを教えてあげれば解決できるのに、日本の教育ではまだまだそこが弱い。教育においてはただ知識を詰め込むのではなくて、対話をして哲学をすることが必要なんです。一方で、教育を変えていくためには、やっぱり政治が必要になってくる。長くて重たい道です。自分が生きている時代だけでどうにかなるとは思っていないけど、次の世代に繋がっていくことなので、少しでもできることはやっておきたいという思いです。
- FG:
長く重たい道のりだとして、どうすればいいのでしょうか?
- 合田:
ビニール袋が有料化して、必要以上にみんながもらわなくなったじゃないですか。あれって社会の仕組みを変えたからですよね。一人ひとりの理解を待つんじゃなくて、仕組みとして国が抜本的に変えてしまうしかないんだと実感しました。
- FG:
やはり決まりを作るためには、政治だと。
- 合田:
はい。だから、選挙は大事ですよね。選挙に行かないのは誰かに任せっぱなしにしていることと同じです。税金だって、自分たちがどれくらい払っているのか、それがどんな風に使われているのか、もっと興味を持つべきなんです。誰かがやっていかなければいけないし、特に私たちのような若い世代がどんどん変えていかなきゃいけないと思っています。
「らしく生きる」をもっと選びやすい社会へ

- FG:
あやさんはこうした課題に対して、これからも一つ一つやっていくという感覚ですか?
- 合田:
そうですね。マッチングアプリをやっているのは、それ自体が最終目標なのではなくて、今はそれこそが私たちにできる「らしく生きる」をもっと選びやすくするための方法だと思っているから。これからもっと色々と変わっていくんだと思います。モチベーションとしてはやっぱり「次世代のために」という気持ちがありますね。言ってしまえば、現状でも自分が生きている半径5メートルくらいはすごく快適なんですよ。理解してくれる会社の仲間がいて、パートナーがいる。自分の安全地帯を構築できたなという感覚はあるんです。でも、自分の暮らしだけではなく、その先に目を向けていきたいというのが、私が会社をやっている理由なんだと思います。
- FG:
会社や仲間が「安全地帯」だという考え方はいいですね。
- 合田:
それについては、素敵な場所ができたなと自分でも思っています。外に出て発信することや矢面に立つことも多い仕事なので、安心して帰ってこれる秘密基地のような場所だなと思います。「居場所」を経営しているような感覚ですね。働く上では心理的安全性がすごく大事だと思います。「私がこの発言をしたら馬鹿にされるかも」みたいな心配って、本来働く上では必要ないはずなのに、意外と色んなところに存在しますよね。そうじゃなくて、仲間と一緒に頑張りたいと思えるか、自分はそこにいていい存在であると思えるか。会社ってそういう場所であったほうがきっと精力的に働けるし、少なくともうちの社員にはそう思っていてほしいんです。だって、そうなれば辞めにくくなるから。せっかく出会えた人には長くいてほしいし、採用自体にもやっぱりコストがかかるから、居場所になれるのは会社にとってもいいことなんですよね。
- FG:
そこで働いている個人にとってもそうだし、ビジネスにとってもプラスであるんですよね。
- 合田:
ダイバーシティとかの取り組みも同じで、「善意だけでやるなよ」という気持ちがあります。もちろん従業員一人ひとりの尊厳に関わることなのでとても大切なことなのですが、仕組みとして会社にも実益があると理解した方が、より進んでいきやすいはずなので。私が考えている「会社を居場所だと思ってほしい」というのも別に綺麗事ではなくて、その方が中で働く人もイキイキ働くし、そうなると会社の成果もあがるはずだからなんです。ダイバーシティへの取り組みも「大事なことらしいから、とりあえずやっておくか」ではダメです。それじゃあ思考停止ですよね。なぜやるのかをもう少し深く考えてほしいんです。
- FG:
最後に、まだまだ時間はかかるということですが、2030年はどんな未来になっていることを望みますか。また、そこに向けて何が必要だと思いますか。
- 合田:
やっぱり教育と政治ですよね。たとえば、選択的夫婦別姓も世論としては支持されていることなのに実現されない。こうした課題に対して人々がアクションを起こせる場がほしいなと思います。また、政治って、デザインやテクノロジーの観点でももっとテコ入れできる部分があるので、そこに介入したいとも思います。電話でしかやりとりできない部分をチャットに変えていくだけで楽になるとか。あとは、政治や選挙について、みんながもっとわかりやすく知ることのできるプラットフォームもあればいいですよね。政治と生活、教育と個人のあり方をもっと近くしていくための仕組みが必要なんだと思います。
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