若林拓哉
私のライフスタイルルール
t'runner 若林拓哉
さまざまな先進的アクションやライフスタイルを提唱するt'runnerの先進性は日々の暮らしの中でいかに恒常化しているのか?を“ライフスタイルルール”として紹介していく当シリーズ。
今回は、建築設計に留まらず企画・不動産・運営の視点から総合的にプロデュースする若林拓哉が登場。
土地と物件両方の側面からアプローチし、建築の社会的価値を追求する彼の“ライフスタイルルール”とは?
若林拓哉(わかばやし・たくや)/建築家/株式会社ウミネコアーキ代表取締役/つばめ舎建築設計パートナー/一般社団法人musubi理事/一般社団法人 横浜竹林研究所 理事/千葉工業大学・関東学院大学非常勤講師。1991年神奈川県横浜市生まれ。建築設計にとどまらず企画・不動産・運営の視点から総合的にプロデュースし、建築の社会的価値を再考する。主なプロジェクトに、地域のための食の拠点「新横浜食料品センター」(2025年竣工予定、SDレビュー2022入選)、旧郵便局を改修した地域の文化複合拠点「ARUNŌ –Yokohama Shinohara-」(2022年)、主著に『わたしのコミュニティスペースのつくりかた』(2023年、ユウブックス)等。主な受賞歴にナリワイ型賃貸集合住宅「欅の音terrace」(2018年、つばめ舎建築設計と協同)が「グッドデザイン賞2019」ベスト100等。
若林拓哉のパーソナルインタビュー[MY PERSPECTIVE]はコチラ
t'runner若林拓哉のライフスタイルルール
- LIFESTYLE RULE.01
- 読書をすること
- LIFESTYLE RULE.02
- 「場」を運営すること
- LIFESTYLE RULE.03
- 移動すること
LIFESTYLE RULE.01
読書をすること
もともと本を読むことは好きなのですが、ただ読書をすることが目的というより、自分の中にはまだなかった情報や知識、知見を自分の身体に入れるというのが真の目的です。自分の見える範囲で物事を考えがちになってしまうときに、いかに他者の視点を入れるかということを大事にしていて、そのときの「自分の想像を超えるものに出合えた」という感覚は、僕の中で旅をするということにも近いです。
また、ただ読んで終わるのではなく、印象に残った言葉や自分なりの要約をメモアプリにまとめるようにしています。何百冊分と書き溜めているのですが、自分の血肉や記憶として残すものもあれば、何か執筆するときにそこから参照するときもあります。すると一冊一冊が、それぞれの言葉と言葉が自分の中で体系的につながってくる感覚を得ます。なので自分にとって読書をすることは、読むだけではなくて
その後どのようにそれを生かしていくかという行為だと思っています。
本から温故知新を得る
建築という分野は専門性の高い本やアカデミックな本もたくさんあります。一方で、人文的な側面や、社会学、歴史地理、政治哲学と、あらゆる物事のリベラルアーツ的な側面がものすごく強い分野です。
基本的には0から1をつくる、無から有をつくるということは、よほどの天才じゃない限り不可能です。なので、新しいことをするためには「温故知新」が重要になってきます。あるものとあるものを組み合わせて新しいものをつくりましょうというときは膨大な情報が必要で、今あるものだけじゃなくて、これまでどういうことが起きてきて、どうなったから今があるということを知ってから取り組むべきなんです。100年前ぐらいの話って今でも通用することが多いんです。
例えば日本は100年企業、200年企業が世界で一番多いと言われています。それは歴史を重んじて積み重ねてきているということを真摯に受け止めてきている証でもあります。特に建築は何百年前とかの書物が当たり前のように参照されるような世界なので、古から得られるものってすごくあるんです。今僕たちが先進性を追求するのであれば、なおさら過去と向き合う必要があると思っています。過去も受け入れたうえで変化していくことが人間として本来は大前提で、その先、社会にどうやって対応していくのか、応答していくのかが大事ですよね。
近代社会は結核などの細菌性疾患の時代と捉えることができ、それに対する衛生陶器としての白い近代建築が生まれたとする見方があります。一方で、現代社会にはさまざまな外圧による精神疾患が多いにもかかわらず一度罹患してしまうと可塑的に「変化しちゃったね、じゃあもうダメだね」というような風潮を個人的には感じていますが、そうじゃない建築、社会そして未来をどうつくっていくかっていうことに、僕らが向き合わなければならないと思っています。
年間で最低60冊は読むという若林。「書き手がどういう意図でその表現を用いているのかなど一語一句咀嚼しながら読みたいタイプなので、総量としてはそれほど多くないのかもしれませんね」。読書タイムは移動中や就寝前が多いという
今、世界には約90億人分の人間性というのがあります。それぞれに微差はある中で、「みんな違ってみんないい」で終わらせるんじゃなくて、「なぜそういう現象が起きているのか」というところを知る姿勢をやめないことが重要だと思っています。そこにおいて本というものは、人類や歴史を簡単にパターン化したり分類することに問いを投げ掛けてくれたり、その経緯やある種の答えを後世にヒントとして残してくれています。そういうものを感じ取れることが本の魅力なのかなと僕の中では思っています。
本のフォーマットは「紙派」という若林。「電子書籍は読んでいても身体に入ってこないんです…。僕が“写真記憶型”なところもあって、多分読んでいるときの情報の入れ方が文字情報だけじゃないと思うんです。どういう厚さの紙を使っていて、どのように内容に沿ったレイアウトや装丁が成されているかなどのデザインも含めてインプットしているので、それが電子になった瞬間にどうしても記憶できなくなっちゃうんです」。気になる箇所には付箋を貼って、即座に検索できるところも紙の良さとか
LIFESTYLE RULE.02
「場」を運営すること
建築に携わっていると、どうしても設計に力点を置きがにちなってしまうのですが、じゃあ実際にどのように人々がその物件に関わって、使われていくかということを実感値を持って経験するようにしています。
今ここ「ARUNŌ –Yokohama Shinohara-」(旧郵便局を改修した地域の文化複合拠点。詳しくはこちらの記事も参照ください)では、「未知の窓口」というコンセプトで、郵便局というメタファーを通して、今まで自分の知らなかった自分や物事に出合うための場を運営しています。利用者の中には初めて表現活動をされる方や内向的な方も多く、最初は「どうやっていいか分からない」と思案する場面も多かったです。しかし、「とりあえず好きにやってみては」などとラフにコミュニケーションを取っていったら、徐々に主体的になっていきました。時間はかかっても人や物事との向き合い方が変わっていく様を目の当たりにしていると、そういう場をつくった意味があるなと実感します。同時に「ハードをつくっておしまい」ではなく、その場を使う人たちとフィジカルにコミュニケーションを取ることの重要性を感じて、コミュニティマネジメントの大事さ、ソフトの部分もすごく大事だなということを改めて実感しました。
幹事のススメ
ここで言う「運営」というのは、活動や取り組みに限らず、プライベートの飲み会や自分の家に人を招いたときも同じだと思っています。もちろん公共の場かプライベートの場かによって「どこまで手放しにできるか」あるいは「責任を取らなきゃいけないか」というところに違いはあるんですけど、一番の大きな違いは、プライベートの場のほうが人任せにできる点ですかね。公共の場における運営はあらゆる人や物事との対応が生じますが、その責任感や緊張感のぶん得られる経験も多くあります。そしてその知見が、プライベートにも還元されていきます。
例えば、飲み会などで幹事をすることで得られるものはすごく多くて。飲み会という“任務”をきちんと遂行するべく、ホウレンソウをちゃんとできているか、当日スムーズに進行できているか、皆が違和感なく楽しく過ごせているかという“運営”はとても大事な経験です。それを率先してできるか、幹事じゃなくても幹事をフォローできているか、あるいは人任せにしてしまうのか…。日々の“運営”はすべてにつながっているなと思います。
「シェアキッチン」「マドグチ(一窓貸し&チャレンジショップ)」「シェアラウンジ」「フローズンカフェバー」「屋外出店スペース」「シェアハウス」の6つのコンテンツで構成される文化複合拠点「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-」。「マドグチ」には地元アーティストのポストカードや焼き菓子などモノづくりの気概にあふれた品々が並ぶ
現代社会のリアルを知ることが未来社会の着想に
社会のリアリティをちゃんと実感するということは未来社会を考えるうえですごく重要だと思っています。今、実社会で生きている人たちがどのような価値意識を持って日々過ごしているかということを知らずに「社会はどうあるべきだ」みたいな話をしていても全く意味がないなと。なので、場を運営するというライフスタイルはそのような面においても好作用すると思っています。
一方で、ある一定のリアリティをそのまま受け止めて、対症療法的な議論だけをすべきかというと、それは違うと思っています。「一定のリアリティーが生まれる仕組みって何が要因なんだろうね」という根本的な原因治療をすることが大事で、そのためにはやはり現代社会のリアリティと真摯に向き合う必要があると思っています。むしろそこからしか理想の未来社会は生まれないんじゃないかなと今は感じています。
LIFESTYLE RULE.03
移動すること
ルール1つ目で本を読むことは旅をする感覚に似ているとお話したように、「同じ場所にいないこと」も僕のライフスタイルの一つです。
「移動」といっても通勤や出張、散歩といろいろあるように、どんな形でもいいんです。移動することの何が大事かというと、同じ場所に留まっているとどうしても自分の頭も凝り固まってしまうからです。いつもいる場所に対して普段とは違う常識や情報を入れていくということを意識的にしていて、例えば移動先でも「ここはいい場所だな~」と思うだけではなく、なんでここはこうなったのかとか、なんでこういう人たちがここで暮らしているのだろう、なんでこの土地はこういう風土なのだろうと考えを巡らせます。海外だとより顕著に感じますよね。
その感覚を大事にしている理由の一つに、「地方」という表現が好きじゃないということがあります。それって東京が中央であることを決めつけたような言い回しだよね? と。東京も含めた全てがローカルであり、それぞれの地域性があるよね、というような表現だとしっくりきます。もっと言えば日本は世界から見たら極東の“地方”の一つなのに、日本人は日本が辺境の地域だということの意識が薄い気がします。そのように、ある場所が自分にとって主観的になり過ぎたり固定化すると、そこが中心のような感覚になってきてしまうんです。でも俯瞰してみると全然違う見え方がするし、その視点を持っていないとこれからつくる場所の在り方やあるべき姿が見えてこない気がしていて。そのために、移動して客観性を身に付けることを意識しています。
高知でゲストハウスの建築設計を手掛けた際の一コマ。高知とのつながりを広げる中で、建築情報誌で高知にまつわる連載を持つことにもつながった(画像:本人提供)
“田舎タイム”と“東京タイム”どちらもリアル
7年前くらいから四国、特に高知によく行くようになったんですけど、最初は所用で、その後縁あって仕事につながって、今は好きでプライベート半分で行っています。そこでいつも面白いなと思うのは、東京と高知で全く違う時間が流れているなと。感覚的に言うと高知は「ゆったり」なんですけど、その空気感も含めて「じゃあどちらが“人間らしい時間軸”なのか?」というと、どちらもリアルなんですよね。
どちらかだけにいると客観性が保てなくなるところがありますが、いろいろな時間の流れ方や時間軸があるんだということに触れるというのは、とても重要なことだと思っています。
高知に行くことは僕にとってデトックス行為の一つにもなっているのですが、でも移住や定住をしたいとはあまり思わなくて。やはり自分の中の選択肢がなくなっていくことの不安感があるんですね。
特に先端的なことを考えようとすると「早く辿り着ける人たち」だけのことしか見えなくなってしまうことがあります。でも、実社会は「それ以外の人たち」のほうが多かったりします。そのたくさんの人たちとの距離感を勘案したときに、「僕たちが先端的だと思っていることって本当に正しいんだろうか」と視点を変えるようにしています。その切り替えにおいて「移動する」というライフスタイルが活きていると思います。知識や情報はネットでも入ってきますが、実感値や経験則として得られるわけではありません。「百聞は一見にしかず」とはよく言ったもので、人によっては非効率に見えるかもしれませんが、たくさんの時間を費やして怠らず移動することが、結果的に先進的な着想につながっていると思います。